産業の育成には、担い手育成とお客さん育成の両面がある
産業の育成には、その担い手の育成だけでなく、お客さんの育成という側面もある。
でなくては持続的になりえない。
うまく回っている産業は、意識してか意識せずかによらずそれができているはずなのだ。

声優専門学校からアニメの声優になるのはごく狭き門だが、声優になれなかった人たちもおそらく「お客さん」としてアニメを見続け、アニメ産業を下支えする。
スポーツ産業がもっとわかりやすい。プレーヤー経験者こそ最も熱心な観客になる。

観光振興もしかりで、担い手(もてなす人)の育成は、その人自身がお客さんとして担い手のサービスをすすんで消費するような形でないとムリがある。
たとえば、最近の大学や専門学校などによる課外活動としてのまちづくりへの参画は、そのプロジェクトに参加した学生を、自らが関わった「まち」の消費者として育成する効果があるはずなのだ。
その活動を通して学生たちが自己実現感を得られれば理想的。
シムシティみたいなゲーム上での仮想的なまちづくり体験も、その分野に対して多少なり当事者意識を育成する意味ではいいかもね。こちらの話はゲーミフィケーションにも繋がってきそうな。

スパルタ式・ブラック企業式に担い手に一方的な我慢を強いるようなやり方は、結局お客さんを遠ざけることになる。業績不振などの理由でヒステリックに長時間&過酷な労働を従業員に強いることは、その従業員の消費意欲・消費能力(時間・体力など)を減退させることにもつながる。

ディズニーランドじゃないが、サービス提供側とお客さん・当事者と受益者の境界線というのは実は言うほどハッキリしたものではなく、またそうであるべきだと思う。
一方的な発信は、必要だがパズルの1ピースにすぎない。

Posted : 2012/03/22 23:01:46

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